あとがき

 
 

 陽が落ちるのが早くなってから、眠気も前倒しでやってくるようになりました。
 犬の散歩から帰宅した夕方五時半にはうつらうつらし始め、気づけばソファでうたた寝の毎日。今日も例外なく睡魔と格闘中の綺月陣です。
 このたびデビュー二十五周年にして、初めて一般書の土俵に立たせていただきました。じゃあ二十五年も、どんな小説を書いていたのかと興味を持ってくださった方は、ペンネームで検索してみてください。改めましての方も、初めましての方も、今後ともどうぞよろしくお願いします。

 食べることを趣味にしていらっしゃる方は、とても多いように思います。
 かく言う私も、そのひとり。好きが高じて2013年の春に食品衛生責任者の資格を取得しました。シェアスペースを借りてワンデー・カフェをオープンするのが精いっぱい(まだ一度しか実現しておりません)ですが、いつかは不定休の気まぐれなカフェを開店できたら楽しかろうと、淡い夢を抱いております。

 前々から自宅に友人を招いてパーティーを開くのが好きでした。なにか作って食べてもらうという行為に、ささやかな幸せを感じます。
 旅館の夕食でお馴染みの「ひとり用鍋」で蛤鍋を振るまった際には、友人たちも大喜び。「この鍋が自宅にあるって、すごくない?」と。そこかい……(笑)。
 息子が大学仲間と自宅で忘年会を催した際には「居酒屋おかん」の手作り看板を掲げ、ママ友の手を借りつつ、居酒屋メニューを十五品ほど作っては出し、作っては出し。
 若者たちの宴会のラストを飾るのは、丼で作った巨大プリン。大皿にプルンッと出してやった瞬間の、学生たちの歓声は嬉しかった。仕込み疲れも吹っ飛びました。
 思えば、この二十五年間に書いた小説の中にも、おいしいご飯が何度か登場しています。イタリアンのシェフ、串揚げ定食屋の店主、カフェのチーフ……。飲食業についていないキャラたちも、こぞって料理上手。どれだけ食いしん坊なの、私。執筆中も、美味しいごはんから離れられずにいるようです。

 だから今回スカイハイ文庫様で書かせていただけることになり、とてつもなく嬉しかったのです。だって、私の大好きな「美味しいもの」の描写にページを割いていいのですから!
 どういう展開にするか、執筆前に担当様と電話会議をいたしました。
 他の作家様のシリーズと被らないよう、いままでにない深夜の時間帯で……と聞けば、もうそれだけでワクワクします。その提案からイメージしたのは、人気テレビ番組「深夜○堂」。書く前から、美味しい出汁巻きたまごや、きんぴらごぼうを頬張っているような気分で、浮かれていました。
 それがまさか、「映えない&マズい料理を出す、料理ダメダメなキャラ」を提案されるとは(笑)。
 正直かなり戸惑いました。料理ができないシーンって、どういうメンタルで書けばいいんだ? と。未経験者だと考えれば、どこまでが「できない」範囲で、どこからが「できる」に該当するのか、そこからして不明だと思うのです。料理に対する不安とか、もしかしたら逆にゼロかもしれません。
 そういうキャラを書く場合、包丁を使えたら「できる」に寄せていいのか、麺を茹でる行為は「できる」に該当するのか、フライパンにサラダ油を敷くのは大前提としていいのか、野菜を使うとき、まさか洗剤で洗ったりするのか……とか。
 脳内で引いた線が、あっちへズレたりこっちへ曲がったりする大混乱を起こすたび、リード役の神楽が、曜一と私をしっかり導いてくれました。
「深夜営業くじら亭 午前0時のナポリタン」。私自身、胸を張ってお届けできる大好きな一冊になりました。
 大活躍の風神雷神は、とっても可愛くて元気いっぱいです。書画家の神楽は、皮肉屋だけど根は優しいです。主役の曜一くんは、この一冊でずいぶん成長しました。脅威のサブキャラ・リンダさんは、いろんな意味で芳醇です。
 これからお読みになる方は、どうぞ最後までお楽しみください。読後にこのあとがきを楽しんでくださっている方は、よろしければまた本を開いて、彼らと再会してください。会いたいときに、いつでも会える。彼らの生活がそこにある。楽しい会話が聞こえてくる。それが書物の素晴らしいところかなと。
 末筆になりましたが、このたびの出版にあたり、ご指導ご鞭撻とご尽力をいただいたスカイハイ文庫の皆々様、担当N様。可愛くて美味しいカバーイラストとキャラ紹介で作品を盛りあげてくださった鬼嶋兵伍先生、そして各方面へご縁を繋いでくださった日向唯稀先生に、心より御礼申し上げます。


綺月陣