花琳仙女伝 引きこもり仙女は、やっぱり後宮から帰りたい 立ち読み

 

       序幕


 かつて、瑾国には不老不死の仙女がいた。
 仙境という神域に住まう彼女は、この世のものとは思えぬ美しい容姿をもち、不思議な仙術を操ったとされている。
 仙女がどこから来たのか、それは誰も知らない。名前さえも残っていない。
 けれど、当時の皇帝の命を救ったとされる彼女の逸話は、絵物語や童話となり、今でも後世に語り継がれている。

 これは、そんな名もなき仙女の末裔、楚花琳の物語である。





       第一章 祭具管理処


「花琳さまぁ! そろそろ起きてくださいー!」
 花琳は、甲高い幼子の声で目を覚ました。糊でくっついているかのような上下の瞼を無理やりこじ開けると、本や木簡ばかりが積んである部屋が目に入る。身体を起こせば、ぬばたまのような黒い髪が、寝ぼけ眼の前にするりと落ちてきた。
 透き通るような白磁の肌に、菖蒲色を秘めた黒い瞳。薄くて小さな唇は、その色も相まって桃の花弁のようで可愛らしいが、同じく桃色に染まった頬には布団の跡が付いていた。
 花琳は一点を見つめながらぼんやりと微睡む。すると、今度は別の幼子の声が鼓膜を揺らした。
「急いで準備をしないと、飛耀さんたちがいらっしゃる時間になりますよ」
「ですです! また怒られちゃいますよ?」
 冷静な声色で花琳の服を準備してくれる子の名は椿、先ほど花琳を起こした元気な子の名が牡丹である。どちらも見た目は三、四歳ほどの女の子だ。顔がそっくりなので双子のようにも見える。
 いたって普通の子供のように見える二人だが、実は人ではない。彼女たちは花琳の『顕現の力』で、この世に実体を持った物の魂─『付喪』と呼ばれる存在だった。ちなみに、二人の本体は花琳の母の形見である簪と櫛だ。簪の方が牡丹で、櫛の方が椿である。
 花琳は祖先である仙女の先祖返りであり、物の魂を実体化させる『顕現の力』と呼ばれる能力を持っていた。その力を使えば年月を経た物や、人に大切にされてきた物たちと意思疎通が可能であり、実家の方ではこの力を使って古物商を営む父の手伝いをしていた。
 また彼女は仙女の不死性も引き継いでおり、相当な怪我でも死なないという特異な体質も持っていた。
 そのせいで長い間、実家に引きこもっていたのだが、いろいろな偶然がめぐりめぐって、なぜか今は女性初の官吏として宮廷に勤めている。
 宮廷に勤めるなんて、引きこもり至上主義の花琳としては大変に不本意なのだが、勅命なので仕方がない。
「もう朝なの? この部屋、光が入ってこないからよくわかんな……ふぁ……」
 あくびをすると目に涙が溜まった。椿はそんな花琳の様子を見て、ため息をつく。
「こんな窓のない部屋で生活をされるから、体内時計が狂ってしまうんですよ」
「そうですよー。なにもこんな、暗くて埃っぽい部屋に住まなくても!」
 非難するような二人の台詞に、花琳は部屋の中を改めて見回した。
 入り口以外の壁という壁はすべて本棚になっており、中には本と木簡がぎっしり詰め込まれている。外光が入るような窓もなく、本棚以外だと花琳が持ち込んだ布団と必要最低限の生活用品しかなかった。生活感は皆無である。
「せめて、窓だけでもあれば違うんでしょうけど……」
「仕方がないよ。ここ、物置なんだし」
 頬に手をつきながら息を吐く椿に、彼女はけろりとそう答えた。
 そう。花琳が寝起きしているその部屋は、彼女が配属されることになった『祭具管理処』という部署の物置だった。

 ひと月ほど前。花琳は自身の持つ『顕現の力』を用い、皇帝暗殺を阻止し、盗まれた『覇者の剣』という皇帝の証を見事取り返した。そのことから皇帝に見こまれ、彼女は女性初の官吏として召し上げられてしまった。さらには、専用の部署まで新設されるほどの特別待遇を受けた。
 その部署こそが『祭具管理処』なのである。
『祭具管理処』の基本的な仕事は、祭具等が置いてある朱久里殿の管理だ。なので、与えられた部署の場所も、朱久里殿の裏にある平屋の建物だった。元は文官が朱久里殿を管理する時に使っていた建物らしいのだが、管理といっても月に一、二回掃除をして中を確認するだけなので使用頻度もさほど高くなく、ほとんど使われないまま放置されていた建物だった。
 花琳はその建物の物置を占拠して、自身の部屋にしていたのである。

「そもそも、『職場に通いたくないから、職場に引きこもる』なんて発想。常人は思いつきもしませんよ」
「さすが花琳さまって感じですよねぇ」
 小言を言い始めた二人に、花琳は口をすぼませる。
「だって、だって! ここで寝泊まりした方がいろいろと楽でしょ? 都の往来を歩かなくてもいいし! 寝坊することもないし!」
「寝坊はともかくとして。こんな不便をされてまで、外を出歩きたくないんですか?」
「うん」
「……」
 その脊髄反射のような即答に、思わず二人は口を噤んでしまう。黙ってしまった彼女たちを尻目に、花琳はそのままの勢いで言葉を続けた。
「ここって、簡単な炊事場ならあるし、井戸だって近くにあるからそんな言うほど不便でもないと思うんだよね。それに、不便って思うなら、改善していけばいいだけの話なんだし!」
 花琳の言い分に、椿と牡丹は呆れたような顔つきになる。
「本当に花琳さまは、引きこもるためには努力を惜しまない方ですよね」
「ですよねぇ。この部屋も『心地よく引きこもるために!』と隅から隅まで掃除してらっしゃいましたし」
「だって、引きこもる場所が汚いのって嫌でしょ? 常に引きこもっていたいなら、環境ぐらいちゃんと整えないと!」
「この建物の敷地内に、畑も作ってらっしゃいましたよね? いずれ野菜を育てるとか、なんとか……」
「鶏小屋も近いうちに作る予定なんですよね?」
「そりゃ、いずれはこの敷地から一歩も出ずに生活していきたいしね! もちろん、朱久里殿には行かなくちゃだけど、できるだけ行動範囲は狭めていきたいし! 目指すは完全なる自給自足よ!」
 花琳は拳を胸の前に掲げる。それを見ながら二人はもう半眼だ。
「どうしてその前向きさと熱量を、もっと別のことに回せないのか……」
「まぁ、もう今更ですけどねぇ。花琳さまは根っからのひきこもり体質ですし」
 二人は向き合いながら同時に首を傾ける。
「もぉ! そんなに言わなくてもいいでしょ! 二人のいじわる!!」
 完全にむくれた花琳は頬を膨らませ、そっぽを向いてしまう。そんな彼女に、顔を拭くための濡れた手ぬぐいを渡しながら、牡丹は微笑んだ。
「でもま、それが私たちの大好きな花琳さまなので、仕方ないですけどねぇ」
「そうですね。でも、私としては、たまにはちゃんと江家に戻って欲しいと思いますよ」
 花琳の髪を櫛で梳かしながら、椿はさらに続けた。
「花琳さまが安全に生活するには、やっぱりここはまだいろいろと足りませんからね」
「江家かぁ」
 花琳は渡された手ぬぐいで顔を拭いた後、着替えを始める。
 現在、花琳の身は豪族である江家の預かりになっていた。それは、彼女の父である景世がそう願ったからである。
 仕官することが決まってから間もなく、景世は都である晋南に来てくれた。しかし、遼に家も店も土地もある彼がこちらに移り住むことは現実的ではなく、結局一緒に住むのは無理だという話になったのだ。けれど、だからといって、今まであまり外に出たことがない花琳に一人暮らしをさせるのは不安がある。
 一応、宮廷にも官吏が住む寮のようなものはあるのだが、今まで官吏は男性しかいなかったため、男性寮のようになっている。そこに女性である花琳が住むのは、一人暮らしよりも現実味がなかった。
 そんな時、手を上げてくれたのが江家の当主である徳才だった。『覇者の剣』の一件で恩義を感じていた彼は、江家で花琳を預かることを提案。景世もそれは願ってもない申し出だと了承し、今に至るのである。
「花琳さま、最後に江家のお屋敷に戻ったのはいつだったか覚えておられますか?」
 帯を整えながらそう聞いてきた椿に、花琳は首を捻る。
「えっと……三日前?」
「三日前ですかぁ。なら、そろそろ飛耀さんにどやされる頃合いで――」
 牡丹がそう言い終わる前に、勢いよく部屋の戸が開け放たれた。引き戸特有の木材同士がぶつかりあう音が部屋に響き渡る。 「おいこら! 花琳!」
「ひぇっ!」
 開いた戸の方を見れば、そこにはもちろん飛耀がいた。
 短い黒髪に、鋭い目。武官特有の身体の大きさに、花琳の頭一つ以上は高い身長。顔立ちは端正だが優男というわけではなく、雰囲気は無骨だった。
 眉間に皺を寄せているところから察するに、あまり機嫌はよろしくないらしい。
「噂をすれば、ですね」
「ですねぇ」
 顔を見合わせる幼子二人に目もくれず、飛耀は部屋の中心にいる花琳にまで歩を進め、彼女の頭を片手で鷲掴みにした。
「ぎゃあ! 痛い痛い痛い!!」
「おーまーえーはー! 何度言えば、この物置に泊まらなくなるんだよ! 引きこもるならうちでやれ! うちで!!」
「ひ、飛耀さんには関係ないじゃないですか!」
「関係ないわけないだろ!」
 飛耀は花琳の頭を掴んでいた手を離す。そして、腕を組み直した。
「お前は今うちの預かりなんだ。何かあったら困る!」
「困るって。何かあることなんて滅多にありませんから大丈夫ですよ」
 ぐちゃぐちゃになった髪の毛を手で押さえ、花琳は飛耀を見上げた。
 視線の先の飛耀はやっぱり怖い。今日は怒っているので余計にだ。最初の頃よりは多少慣れたとはいえ、こうくるとやはり身がすくんでしまう。
「んなもん、わかんねぇだろ? それに、こんな苔の生えそうなところに住んでたら、いい加減体調崩すぞ!」
「それこそ大丈夫ですよ。私、怪我もしませんけど、風邪だってひきませんから」
 その瞬間、飛耀の視線が鋭くなり、花琳は内心悲鳴を上げた。
「俺はな、お前のことが心配だって言ってんだ!」
「し、心配?」
「お前が怪我をしなかろうが、風邪をひかなかろうが、関係ない! 俺が心配で落ち着かないからやめろっつってんだよ!」
「へ?」
「わかったか?」
 乱暴に告げられた言葉に心臓が跳ねた。
 仙女から不死性を引き継いだ花琳に心配なんて不要だ。命に関わるような怪我をしてもすぐに治るし、病気にだってかかったためしがない。なのに彼は、花琳を普通の女の子と同じように心配して、気遣ってくれる。その心遣いが、なんだかちょっとむずがゆくて、おもはゆい。
 じわじわと上がってきた体温に、身体が熱くなる。
 嬉しいのか、恥ずかしいのか、怖いのか、よくわからない感情が胸を占拠して、花琳は飛耀から顔を背けた。
「べ、別に、心配なんかしてくれなくても……」
「゛あ?」
「ナンデモナイデス……」
(こ、怖い……)
 先ほどとは違う意味で心臓が早鐘を打った。体温も急降下である。
「お二人が揃うと、朝から騒々しいですね」
「ですねぇ」
 三日に一度は繰り広げられるやり取りに、椿と牡丹はほのぼのとした視線を送っていた。飛耀は花琳の鼻先に指を突き立てる。
「今日はなんとしても連れ帰ってやるからな! 仕事が終わったら迎えに行くから待ってろ!」
 飛耀の言葉に花琳は「えぇ……」と声を漏らす。しかし、こうなった飛耀が止められないことは彼女にもわかっていた。どうやら今日はおとなしく帰るしかなさそうである。
(逃げたってどうせ捕まるだろうしなぁ……)
 体力おばけと鬼ごっこをしても、疲れるだけで勝ち目はない。そもそも疲れる前に捕まってしまうというオチになりかねない。それならば無駄に抵抗はせず従っておくのが得策というものだった。
 花琳がため息をついていると、急に何かに気がついた牡丹が声を上げた。
「あれ? 『迎えに行く』ということは、今日も飛耀さんは、軍部の方へ行かれるんですか?」
「あぁ。あっちも人が足りないみたいだからな。ま、戻れたら早めに戻ってくる」
「了解でーす」
 そう牡丹は敬礼し、椿は肩をすくめた。
「ま、こっちの人手は余っているぐらいですからね」
 現在『祭具管理処』には花琳の他に、飛耀、智星、正永の三人が在籍している。しかし、花琳以外の三人は、軍部にしばしば応援に行っていた。『祭具管理処』の仕事があまりにも少ないためだ。
 朱久里殿は元々、一ヶ月に一、二度の掃除を兼ねた点検だけで管理をしていた。専門の部署ができても、さほどすることは変わらない。それに比べて、軍部の忙しさは目が回るほど。なので、飛耀たちは毎朝こちらに集まり、朱久里殿の中を点検したあと、軍部に行くのが日課になっていた。
「智星さんと正永さんはもう軍部へ?」
「いや、さすがに朝は集まるだろ。時間的にそろそろ来るんじゃないか」
「やっほー。花琳ちゃん」
 噂をすればなんとやら。まるで頃合いを見計らっていたかのように智星が顔をのぞかせる。
 枯茶色と飴色を足したような明るい髪の色に、穏やかな物腰。顔立ちはびっくりするほど整っていて、武官の格好をしていなければ女性と見間違ってしまうほど。常に怒っているような飛耀とは対照的に、彼はいつもどこか楽しそうだ。
 突然現れた智星に、花琳は慌てて頭を下げた。
「あ、おはようございます!」
「おはよう。あれ? まだ髪の毛結わえてないね。身支度の途中だった?」
「あ、すみません! すぐに支度しますね!」
「いいよ、いいよ。大丈夫、ゆっくりやって。まだ仕事が始まる時間じゃないし」
 慌てる花琳に智星は笑顔で首を振る。そして、彼女の前で仁王立ちになっている弟に視線を移した。
「それより飛耀。だめだよ、身支度中の女性の部屋に入っちゃ!」
「ここはこいつの部屋じゃなくて、この部署の物置だ。こんなところで寝泊まりしてるこいつが悪い!」
「まぁ、それも確かに道理なんだけどね」
 その言葉に、智星は苦笑いを浮かべる。表情からいって、彼も花琳がここに寝泊まりすることに賛成しているわけではないようだ。先ほど飛耀が言ったように、花琳の身に何かあれば江家に責任が降りかかる。彼はそれを憂慮しているのだろう。
(せめて、この建物に寝泊まりする部屋でもあればなぁ……)
 花琳は椿に髪の毛を結わえてもらいながら、そんな風に思った。寝泊まり専用の部屋でもあれば、二人の態度も多少は軟化するに違いない。
 花琳がそんなことを考えているとは露知らず、飛耀は何かを思い出したかのように智星の背後をのぞき見て、不思議そうな声を出した。
「智星。そういえば正永は?」
「ん? 正永さんはもう陛下のところだよ」
「陛下? なんで……」
 突然出てきた『陛下』という単語に、花琳と飛耀は同時に目を瞬かせる。
「なんでって。そりゃ、お呼びがかかったからに決まってるでしょ」
「お呼びがかかった? それって、まさか……」
「そ、そのまさか。花琳ちゃんの身支度がすんだらみんなで向かおう。陛下がお待ちだよ」
 智星の台詞に、花琳は嫌な予感に頬を引きつらせた。

「四人とも久しいな。息災だったか?」
 謁見の間で、皇帝はひと月前と変わらぬ尊大な態度で、唇の端を引き上げた。
 深海を思わせるような深い蒼色の瞳に、後ろに撫でつけられている白銀の髪。頭には瑞雲模様の透かし彫りが入った冕冠を被り、黒色の重そうな漢服を着ている。顔には常に飄々とした笑みが張り付いているが、決して気さくに話しかけられるような雰囲気は醸し出していない。
 四人は頭を下げたまま皇帝の言葉を聞く。口は開かなかった。許可もないのに皇帝の前で口を開くのは不敬にあたるからだ。基本的に皇帝の言葉は聞くだけのものであり、それに対する意見や反論は許されない。
 固くなっている四人を眼下に据え、皇帝は玉座の背もたれに背中を預けた。
「ここは誰も見ておらぬ。お前たちのことは、そこそこ気に入っておるのだ。ここでの発言は基本不問としてやる。だから、肩の力を抜け」
 その言葉に、わずかに緊張が緩んだ。
「頭も上げていい。膝もつくな、立て。特に花琳よ、そなたは今更かしこまっても仕方がなかろう。あの時のように気軽に話せ。私はそれを望んでいる」
 そこまで言われては仕方がないと四人は顔を上げ、立ち上がった。その様子を見て、皇帝は満足そうに頷く。見た目は十八歳の普通の青年だが、彼はこの国の最高権力者なのだ。恐れるのも、畏れるのも、当たり前の話である。
 未だに固さの残る四人を、彼は頭一つ高いところから見下ろしながら肩をすくませた。
「まぁ、良い。今回呼び出したのは、お前たちーー特に花琳に頼み事をするためだ」
「私に頼み事、ですか?」
「そんなに嫌そうな顔をするんじゃない。虐めたくなるだろう?」
「ひぃっ!」
 楽しそうに細められた目に悪寒が走る。思わず飛び上がり飛耀の背中に隠れれば、彼は少し身体をずらして花琳を隠してくれた。その様子を見て、皇帝は肩を揺らしながら笑う。
「冗談だ。冗談!」
「冗談……ですか?」
「なんだ? 本当に虐めて欲しかったのか?」
「滅相もございません!!」
 ちぎれんばかりに首を横に振る花琳を見て、また皇帝は笑う。その様子は実に楽しそうだ。本当に加虐趣味があるのではないかというぐらいの良い笑顔である。
「まぁ、私の趣味は置いといて、だ。……花琳」
「はい」
「私の頼み事だ。聞いてくれるか?」
「な、なんなりと!」
 本音を言うなら頼み事なんて聞きたくない。彼と関わっていい思いをしたことが未だかつてないからだ。そして今後も、あるとはどうも思えない。しかしながら、嫌とは言えない身分の壁があるのも事実だった。相手は皇帝だ。答えは常に『はい』しかない。
「では、後宮に入れ」
「はぁ!?」
 ひときわ大きな声を出したのは飛耀だった。皇帝の前ではあまり喋らない彼からすれば珍しい反応である。一方の当人は、声も出ず固まってしまっていた。
「あぁ、違うな。正確には、智星と花琳だ。二人とも我が後宮に入れ」
「はい?」
 今度は智星が引きつった声を出した。先ほどの飛耀ほど険は帯びてはいないが、彼のその声も十分に固い。
「陛下。おっしゃられている意味がよくわかりませんが? 彼女はまだわかりますが、俺は男ですよ? いつから後宮は男も入ることができるようになったんですか?」
「ははっ。そう、怒るな。なにも私はお前に宦官になれと言っておるわけじゃない。私はお前たちに後宮で起こっている事件を調査してもらいたいのだ」
「調査?」
 皇帝は指を三本立てて、彼らの前に出す。
「三人だ」
「三人?」
「ここ一ヶ月の間に、後宮で起こった不審死の数だ。そして今朝、四人目と五人目の死体が上がった。その片方は私の妃だ」
 その言葉にそこにいた全員が目を剥いた。
「私は彼女が誰かに殺されたと思っている。調査してくれるな、楚花琳よ」