葛来奈都先生の新作発売を記念して『絹子川奇譚 悪霊商店街に囚われた母娘』の公式サイト書き下ろしショートストーリーを公開! なんと二本立てでお送りいたします!
「はい、さとりん」
統吾の母校の高校に通う瞑からのヘルプに、ちょっとしたアドバイスをしてから電話を切った統吾は、悟にスマホを手渡す。
「悪いな、弟が面倒かけた」
悟はスマホを受け取ると、ばつが悪そうに自分の頭を掻く。だが、統吾は「いいってことよ」と笑いながら頭の後ろで腕を組む。
「俺も少しくらい先輩っぽくしないと」
得意気にそう返すと悟は「そうか」と口角を上げた。
しかし、先ほどの笑顔は一瞬で消え、統吾はため息交じりで辺りを見回す。
広いはずのリビングには段ボールと紙屑が散らばっている。悟は懸命にゴミを捨てるが、一向に追いついていない。
「ねえ、さとりん」
そんな彼に統吾は問いただす。
「……なんで俺も引っ越しの片づけ手伝わされてるの?」
統吾の唐突な問いに悟は首を捻る。
「お前がうちに遊びに来たいと言ったんだろうが」
「でも、片づけ手伝わされるなんて思ってないもん!」
真顔で
せっかく新しくできた友人の家に行ったと思ったら、段ボールで溢れかえっているなんて誰が思うか。しかも、悟は当然のように統吾に段ボールを手渡し、荷物の仕分けを命じたのだ。
「いやー、助かる。持つべきものは友だな」
そう言う悟だが表情は真顔で、感謝の気持ちはまったく籠っていない。
「この調子だと瞑ちゃんが帰ってくるのはまだまだかかりそうだしなー」
統吾は項垂れながら深くため息をつく。おそらく悟はこのまま瞑が戻ってくるまで統吾に片づけを手伝わす気だろう。
「瞑ちゃ〜ん……早く帰ってきて〜……」
統吾は遠い目をしたまま、悟に聞こえないようにそう呟いた。
無論、その嘆きの声が瞑に届くことはない――……。
了
夏休みのある日のこと。
最初は友人の
すっかり占拠されてしまったリビングに悟はため息をついた。三人もいながら全員顔を俯いたまま一点を見つめる。カチャカチャ鳴るボタンを押す音も彼にとっては耳障りだ。
彼らがやっているのはモンスターと闘うアクションゲームだった。瞑
「おー、瞑ちゃんナイスプレイ!」
「やるねえ、瞑君」
画面を見ながら統吾も種岡も瞑を褒める。瞑は「えへへ」と得意気に笑いながらまたカチャカチャとボタンを押す。
「住んでいるところが田舎すぎて他に遊ぶものがなかったからね」
しかし、言っていることは要約すると友人が少なかったということ。瞑が住んでいた
その一方でなかなかゲームをやめない彼らに悟は苦言する。
「そんなのずっとやって飽きないのかよ」
「まったく飽きない」
口を揃える三人に悟は「そうかよ……」と
「悟もやってみてばいいだろ。案外楽しいかもよ」
気を利かせた種岡が自分のゲーム機を悟に渡す。だが、隣にいた統吾がニヤリとほくそ笑んだ。
「無駄だよ種岡。さとりん、ゲームめっちゃ下手だから素材すらも集められなくてすぐ死ぬよ」
「そうだね、兄ちゃんだけで三オツしそう」
「……お前らが今晩の飯がいらねえっていうことはよくわかったよ」
ケラケラと笑い出す統吾と瞑に向け、悟は持ち前の切れ長の目でギロリと
種岡は頬を引き
「ついていけねえ。勝手にやってろよ」
そう言って悟は頭を
「あーあ。さとりん不貞腐れちゃった」
「しゃーない。一クエストやったら休憩しようぜ。瞑君もそれでいい?」
種岡に言われ、瞑も「うん」と
「瞑君、遠距離の武器はなんか使える?」
「弓ならそこそこ」
「んじゃ、任せた」
ゲーマー同士そんな会話を繰り広げる。一方、悟はそんな彼らに構うことなく読書を楽しんでいる。
そうしている間にもゲームの世界では巨大な魔物が彼らの前に立ちはだかっていた。
「瞑ちゃん、サポートよろしく」
不敵に笑う統吾の横で瞑は「了解」とボタンを構える。
「早速睡眠ビンを使うね」
そう言って瞑の分身である狩人は魔物に向かって矢を放った。
狩人は天に向かって矢を放つ。すると無数の矢が魔物に向かって降り注いだ。広い射程範囲に魔物は逃げることもできず、降り注ぐ矢のダメージを受けた。
「瞑君、弓上手だね」
種岡に褒められ、瞑は「それほどでも」と頭を掻く。
「弓は普段でも使ってるからね」
ゲームの中でなくても、瞑は弓の扱いに長けていた。弓道をかじっていることも
「もう一回打つよー」
同じように瞑は空に向かって矢を放つ。瞑の放つ無数の矢で魔物の体力はじわじわと削れ、やがて眠りについた。
「ナイス瞑ちゃん」
眠ったところを前衛の統吾と種岡が近づき、大剣や双剣を振り回す。この数時間で三人の息はぴったりになり、こうして大きな魔物も難なく狩っていった。
統吾と種岡の怒涛の攻撃、そして瞑のサポートによって魔物は抵抗する間もなく倒れる。あっという間に倒した魔物を見て、統吾と種岡は「いえーい」とハイタッチをした。
そんな中、瞑だけは画面を見たまま手が止まっていた。
「どうしたの瞑ちゃん。素材なくなっちゃうよ」
固まる瞑を見て統吾は不思議そうに首を
その言葉に我に返った瞑は「なんでもない」と首を振った。
しかし、目を画面に落とした後も瞑の表情は真剣だった。
―――空から降り注ぐ無数の矢。
もしかしたら、使えるかもしれない。
ゲームを楽しむ二人をよそに、瞑はそんなことを考えていた。
これがきっかけで彼は鳴弦において新たな技を覚えるのだが、それはまた別の話。あの技が生まれたきっかけが、まさかゲームだったなんて誰も思いもしないだろう。
了